山口地方裁判所 昭和35年(ワ)17号 判決 1961年7月13日
原告
宮田竹人
外一名
被告
平田薫夫
外一名
主文
被告両名は各自原告宮田竹人に対して金三十五万円、同宮田フクエに対して金十万円及び右各金員に対する昭和三五年二月一〇日から各その完済に至るまでの各年五分の割合による金員を支払え。
原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は、「被告等は各自原告宮田竹人に対して金百八十万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告宮田フクエに対して金二十万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、各支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、
その請求原因として、
一、原告等は夫婦であり、原告宮田竹人は木材業を営んでいた者である。原告竹人は昭和三三年一一月二九日午前九時過頃防府市大字高井字神里(俗称勝坂)一、一七一番地先道路中央部において防府駅から山口駅方面に向つて疾走してきた被告日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)所有のバス(山二ー二〇、九九二号運転手被告国鉄の職員である被告平田薫夫)に跳ねられ、同所コンクリート路上に二、三回転して頭部、胸部等を強打し頭蓋底骨折、右腎臓破裂の傷害を受け、直ちに防府市所在県立中央病院に入院加療の上昭和三四年四月七日一先ず退院したが、その後の経過が悪いので同月一五日再入院し、同年六月一三日退院の後は投薬並に通院による加療を受けて今日に至つているものであるが、頭部外傷後遺症として頭痛、めまい、平衡機能障碍等の外、精神障碍等を来して殆んど廃人に近く、受傷前に経営していた木材業もこれを営むことができず、生計の途を完全に失つてしまつた。
二(一) 本件事故現場は上り勾配ではあるが、見透しも良く、路巾も広い舗装道路であるから、運転手たる被告薫夫が常に前方を注視しておればかかる事故の発生は未然に防止できたものであるにも拘らず、同被告が故意又は過失により、右注視義務を怠つたゝめ、本件事故が発生したものである。よつて同被告は右事故により原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。
(二) 被告国鉄は自動車運送事業の経営に当つているものであるので被用者たる被告薫夫がその事業の執行につき原告等に加えた損害について使用者としての責任を免れない。
三(一) 原告竹人は受傷当時四八歳であり木材業者として月収五乃至六万円の純収を得て、妻たる原告フクエ(四〇歳)、長女タツエ(一八歳)長男右二(一〇歳)次女政子(五歳)等家族四名を扶養していたものであるが本件事故により木材業の経営は中絶の止むなきに至り、現在の状況によれば、今後相当期間(約一〇年間)事業を経営することは不可能である。
しかして原告宮田竹人の月収を金五万円とすれば同原告は次のような損害を受けている。
(イ) 昭和三三年一二月一日より昭和三四年一二月三一日までに失つた利益、金六十五万円
(ロ) 昭和三五年一月以降一〇年間に失う得べかりし利益、金六百万円
(ハ) 同原告の受けた肉体的精神的損害に対する慰藉料、金百万円
(二) 原告宮田フクエは夫たる原告竹一に扶養されていたものであるが、今後その扶養を受けることができないのみでなくかえつて、廃人同様となつた夫竹一の日常生活の一切の面倒を見なければならない等甚大な肉体的精神的損害を被つたものでありその慰藉料は金五十万円が相当である。
四、よつて本訴において原告宮田竹人は前項(イ)(ロ)のうち金百五十万円(ハ)のうち金三十万円合計金百八十万円の内金の支払を、原告宮田フクエは慰藉料のうち金二十万円の内金の支払を被告等に求める。原告竹人に重大な過失があつた旨の被告等主張事実は否認する。被告国鉄が原告竹人の治療費一六七、一六二円を支払つたことはこれを認める。」と述べた。
被告平田薫夫及び被告国鉄代理人は「原告等の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実中、原告宮田竹人が被告国鉄所有バス(山二ー二〇、九九二号運転士被告国鉄職員である被告平田薫夫)に接触して傷害を受け防府市所在県立中央病院に入院し、かつ、退院した事実及び本件事故現場が上り勾配で舗装道路である事実は認めるが原告等の身分、職業及び傷害の部位程度並びに後遺症の発生の諸事実は不知、その余の事実はすべて争う。本件事故は被告薫夫の運転する国鉄バスが通称勝坂にさしかゝつた際原告竹人が左右を確めず道路脇のオート三輪車の蔭から突然前記バスの直前に飛び出したため、発生したもので同人の重大な過失に基因する。
被告薫夫は右バスの進路直前に右原告が飛出したのを認めるや直ちに急制動をかけ、機宜の処置をとつたにも拘らず、なお、右事故が発生したものであるから同人にはなんらの過失もない。
仮に被告薫夫に過失があつたとしても原告竹人には前記の如き重大な過失があつたから損害額の算定に当つてはこれを斟酌すべきである。なお、被告国鉄は本件事故による治療費として原告竹人のために金一六七、一六二円を支払つている。」と述べた。(証拠省略)
理由
(一) 原告宮田竹人が昭和三三年一一月二九日午前九時過頃俗称勝坂附近の舗装道路中央部において被告平田薫夫の運転する被告国鉄所有のバス(山二ー二〇九九二号)に衝突し直ちに防府市所在県立中央病院に入院しかつ、退院した事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証、甲第一一号証、乙第二号証、証人宮田浅熊の証言及び原告宮田フクエ本人尋問の結果を綜合すれば原告竹人は右事故により治療約三ケ月を要する頭蓋底骨折、右腎臓破裂の重傷を受け治癒後も頭痛、頭重感、眩暈あるいは平衡機能障碍等の後遺症を残し、殆んど廃人に近く、日常生活にも支障を来していることを認めることができ反証はない。
(二) 成立に争いのない甲第六、七号証、第八号証の一、乃至三、第一〇号証の一、二及び証人石田康男、同藤本啓次、同松永一男の各証言を綜合すれば被告薫夫は本件国鉄バスを防府駅より山口駅方面へ(南から北へ)向けて運転していたのであるが、右バスが右事故現場附近にさしかゝつた際、坑木を積載して西側道路脇に停車していたオート三輪車の蔭から突然被害者が前屈みになつて小走りに道路に飛び出してきたため、被告薫夫が急制動をかけたが及ばずバスの左前部ヘツドライト附近が被害者に衝突したのであつて、道路東側は二米余りの石垣でその下は田地となつているため後記現場の状況と照合すれば同被告はハンドルを右に切つて衝突をさける如き緊急の措置をとることを許されない状況にあつたことを認めることができる。
しかして成立に争いのない甲第六、七号証、第八号証の一、第一〇号証の一、乙第二号証並びに検証の結果を綜合すれば、同所は幅員五、九米の略南北に走る北に高く緩慢な上り勾配となつた舗装道路で西側には二、三軒の人家が並んでいて、事故当時その家屋のほゞ直前にトラツク及び被害者所有のオート三輪車が道路の西端からほぼ中央部に至るまでの位置を占めて停車していたのであるが、三〇米位手前からならば充分その状況を認めることができ、被告薫夫も右の状況のほか、右オート三輪車の傍にいた二人の男が右バスの接近したのを見て避譲するのを覚知したことを認定することができる。
ところでこのような場合バスの運転手たるものは、単に自己の視界にある者が避譲したという事実のみを以て、危険が去つたものとしてその注意を怠つてならないことはいうまでもないことであり、他に人家も存在することであるから、何時他の者がバスの接近を知らずに停車している車の蔭から飛び出すことがあるかも知れないということを念頭において、運転に当らなければならない。特に本件においては、検証の結果によれば前記オート三輪車には前記のとおり坑木が積んであつて、その蔭は本件国鉄バスの先頭が右三輪車の先頭と平行にならないとこれを見透すことが困難であつたことが明らかであり、かつ、右側避譲が不可能であつたのであるから警笛を鳴らして注意を喚起し、万一突如人が不注意のため右三輪車の蔭から進路の前に現われてバスに接触することがあつてもこれを傷害するに至らない程度に速力を減じて進行しなければならない注意義務があつたものと解せられる。バスは高速度交通機関であり、ことに本件国鉄バスは急行便であつたから右の如く減速するときは高速度交通機関の実を欠くに至る或いは右バスは駅毎に発着時間が定められており、右の如く減速するときはこれを遵守することはできないなどと反論せられ得るかも知れないが、人の生命身体の安全は法律上最も尊貴であつて可能である限りこれを犯すことのないようにバスを運転するのが運転者たるものの義務であり、右現場において右の程度に減速しても行路の大半には右の如き障碍があるとは考えられないのでその間に失つた時間を回復することは容易であると解せられるから高速度交通機関の実を失い或いは運転規則の遵守を妨げられる虞はないといわなければならない。しかるに成立に争いない甲第三号証、乙第二、三号証、証人広田正人同河野英由の各証言、並びに検証の結果を綜合すれば被告薫夫は前記のトラツク及び自動三輪車が停車しているのを見て前記バスの時速を一五粁程度に減速するのみで事故発生の危険はないものと速断して一五ないし二十粁(制限距離も約三、七米位であつた)に減速したまま進行したため前記の事故を発生するに至つたことを認定することができ、甲第六号証、第八号証の一、三及び証人石田康男、同松永一男の各証言中前記認定に反する部分はこれを採用することができないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
しかして右速度を以てしても原告竹人が前記の如き重傷を蒙つたこと、同原告が前記衝突の惰力の影響を受けて衝突地点から少くとも五米を距てる地点に押しやられてうずくまるに至つたこと及び前記の事故現場の状況とを併せ考える時は被告薫夫は右衝突地点に至る時には前記バスの速力をなおはるかに減速していなければならなかつたものと推断することができる。
よつて、なるほど被害者たる原告竹人には後記の如く重大な過失があり、これと相まつて本件事故が発生したものではあるけれども被告薫夫にも亦前記の如き運転手の注意義務を欠いた過失があつたものと断ぜざるを得ない。
(三) 被告国鉄が本件国鉄バスの所有者であり、被告平田薫夫が右バスの運転手であることは当事者間に争いがない。しかして成立に争いのない甲第七号証第一〇号証の一、二、乙第二号証及び証人藤田開策、同広田正人の各証言並びに被告平田薫夫本人尋問の結果によれば本件事故は被告国鉄の被用者たる被告薫夫が被告国鉄の旅客運送事業を執行するにつきその過失に基き発生せしめたものであることを認定することができるので被告国鉄は被告平田の使用者としての責任を負担すべき義務がある。 (四) 記録添付の戸籍謄本によれば原告宮田竹人(当五一才)と同宮田フクエ(当三九才)とは夫婦であり、その間に長女タツエ(当一八才)次男右二(当一一才)次女政子(当七才)の三名が存することが明かである。しかして、成立に争いのない甲第五、六号証、八号証の一乃至三及び証人宮田浅熊の証言並びに原告宮田フクエ本人尋問の結果を綜合すれば原告竹人は昭和二八、九年頃肩書地において木材業を開業し,他に営業用事務所を設け、オート三輪車一台を使用して毎月約七百石程のパルプ材、坑木等を売買していたものでその月収は原告等が田七反を有し、自家保有米を収穫していた事実と前記家族の生活程度とを併せ考えれば雑損を控除して金四万円であつたと認めるのが相当であり甲第一二号証乙第一号証中右認定に反する部分はこれを採用しない。
とすれば原告竹人は受傷後の昭和三三年一二月一日から同三四年一二月末日までに金五十二万円の利益を喪失したものといわなければならない。原告等は原告竹人が昭和三五年以降一〇年間に亘つて木材業及び農業に従事して同程度の収益を挙げ得たであろうと主張するけれども成立に争いのない甲第五、六号証、第八号証の二及び証人宮田浅熊の証言、原告宮田フクエ本人尋問の結果によれば、原告竹人は極めて難聴であり本件事故も右難聴の故に発生したものであること及び木材業界が有為転変の激しいことを考慮に入れるとき同原告の収益は前記の月収を基準とすれば後五年に止まるものと解するのが相当である。そうすると原告竹人が昭和三五年以降において得べかりし利益の損失は金二百四十万円となる。而して本件事故現場は防府山口間を結ぶ自動車の往来の激しい県道上であつて、成立に争いのない甲第六号証、八号証の一、二、三によれば原告竹人は尿意を催したためか道路の左右を確めることなく自己所有の前記オート三輪車の蔭から前屈みの姿勢のままいきなり道路中央に飛出したため本件事故を発生するに至つたものと認められるから同原告には極めて重大な過失があつたとせざるを得ない。
しかして原告竹人の前記物質的損害合計二百九十二万円に右の同原告の過失を斟酌し当事者間に争いのない被告国鉄において原告竹人のため治療費一六七、一六二円を支払つた事実を併せ考えるとき原告竹人はその物質的損害につき被告等に対しなお金三十万円の賠償を請求し得るものとするのが相当である。原告竹人が右傷害により甚大なる精神的苦痛を蒙るに至つたことは見易いところであり、これに対する慰藉料は同原告の前記の過失を斟酌するとき金五万円を以て相当と認める。
つぎに原告宮田フクエについては同人が妻として夫竹人の前記傷害及びこれに基因する頭部外傷後遺症によつて多大の精神的打撃を受け、将来とも苦痛を忍ばねばならないことは容易に看取し得るところである。よつてこれに前記の被告竹人の重大なる過失を斟酌するとき原告フクエについては慰藉料の額を金十万円とするのを相当と認める。
五、よつて、原告等の請求中、原告竹人については金三十五万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明かな昭和三五年二月一〇日からその完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り原告フクエについては金十万円及びこれに対する昭和三五年二月一〇日からその完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限つていずれも理由があるからこれを認容し、右の限度を超える各請求は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 黒川四海)